2012年01月23日

ぐへー

あー、疲れたw
過去の記事を見直すついでに、ブログ移設の時に文字化けしてたのをちまちま直してみました。
まぁ、だからどうってこともないんだけど。

それよりやっぱり昔書いてた記事は面白いなぁ。
頭でっかちで恥ずかしい感じもあるけど、こんな事考えてたんだなぁと
今の自分を反省することもちょいちょいある。

何より頭の中で考えてたことを、考える順番で書いているから、
そして何より楽しんで書いていたから(苦しんでいるから書いてるんだけど)
読んでいても面白い。

それに比べて最近の記事は面白くないねぇ。
書いてる本人が面白くないからでしょうね、やっぱり。

そういえば自分がblogを始めたのは、日記を書くためだったんだよね。
今まで日記書いたことなかったけど、公開してれば続くだろう的な感じでw
今の自分が感じたこと、悩んでること、気になることを残していく。
そういうのがいいのかな。

よく考えたら5~6年前くらいだって今みたいなぐうたら生活してたんだから、
今更なんだよって話かもねぇ。
まぁ年齢が年齢だし、人生設計的にも焦るところはあるけどさ…

今年の目標に、伊勢神宮へのお参り(熊野古道経由)ってのを入れようかな。
なんか、楽しいことしたくなってきた。

kaiguri0927 at 04:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年01月12日

自分で自分の世話を焼く

8月の退職から、がっつり働いているわけでもないし、
なんとなく今年の抱負も決められず、ウダウダ過ごしていたわけですが、
今日はたと思いついたのでメモがてらリハビリ更新。

あ、その前にあけましておめでとうございます。(今更だけど)
正直例年のような「新年開けた!おめでとう!!」みたいな感情がなくって
つい挨拶しそびれています(´ヘ`;)
新年とか季節のなんとかみたいなものが年々薄れていく気がしてるけど、
これは社会と離れてるせいも十分ありそうなので気を付けないと~


さて、今日思いついたことね。
それはタイトルの通り「自分で自分の世話を焼く」ってことです。
今年のテーマは、
「言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン2012
~言いたいことが言えないのは自分のせいなんだぜ~」
と考えていまして、そのための第一歩が「自分で自分の世話を焼く」って話です。
なんじゃそりゃ!?って感じでしょう?(^^;


こんなこと思いついたきっかけは、今日のお昼ご飯。
作り置きのご飯を食べ終わって、食器を流しに出したときに
改めて「やっぱり自分で作ったご飯を食べるのっていいなぁ」と思ったんです。
なんというか、自分を育てるっていう感じがしたというか。

退職してから日も経ってるし、見ないようにしてきたけど、
なんとな~く滅入ってる部分が少なからずあって。
全体的にやる気も出ないし、ダラダラ過ごしちゃう。
そんな自分に嫌気もあるから、ますます滅入ったりして、結局悪循環になると。
元々、自罰的なことがいいことだと思い込んで生きてきた節もあるし、余計にね。

思い起こせば自分のために何かをする時ほど、モチベーションは上がらなかったような。
理由は、自分との約束だから破ったところで誰も迷惑にならないとか、
自分が被害を受けるだけなら我慢すればいいか、とかそんな感じ。
逆に、人が絡むとやらなきゃいけないと思うのは、人が見てるから。
人にいい評価をもらいたいから、そんな時は頑張るのです。

だけど作ったご飯が美味しかったので(笑)、
自分のために作るのっていいなと考え直したわけです。
確かに自分との約束は、破ってもたいしたことないように見えるけど、
それはやっぱり自分の欲求を大切にしていないことだったり、
あるいは約束自体が自分の欲求に正直じゃないことだったりするんじゃないかな。
こういうのの積み重ねが、「自分は好きじゃない」けど「自分は可哀想」っていう
ことにつながってく気がしたのですよ。

というわけで、自分を好きになれそうな、しかも実行可能そうな方法が
「自分で自分の世話を焼く」ってことだったのです。
ちょこちょこ読んでる加藤諦三さんの本に、
やってみることでやる気が湧く、手をかけることで愛着が湧く、
という話があったので、ダラダラな自分を動かすのは大変だけど、
その自分をかわいがるつもりで世話を焼いてみたらどうかなと。

とりあえずは身の回りのお世話と、仕事探しから頑張ります。
自分を好きになれたら、もうちょっと世界の見え方も変わると思うのです。


kaiguri0927 at 01:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)about me 

2011年11月14日

「対等」の意味

男と女の対等って何でしょうね?

今までは、男性みたいに、男性と同じように、男性に負けないように、
ってそんなことを考えて、それを目指してきたけど、
どうもそれじゃうまくいかないみたい。


私は昔からお転婆で、まるで男の子のような見た目の時もあり、
まさに「男勝り」な子だった。
友達も男の子が多くて、女の子ってなんか苦手でね。
いろんなことがすっきりしてる分、男の子の方が話しやすかったし、
女の子として扱われるよりも、男の子的に扱われる方が嬉しかったりもする。


私は女性だけど、世の中は男性を中心にできあがっているわけで、
たとえば働いたりだとか社会的に云々みたいな話は、8割方男性目線で語られる。
もちろん女性の社会もあるでしょう。
アパレルのショップの売り子さんとか受付には女性が多い気がするし。

それでもやっぱり基本的には男性的な判断基準で物事は動いてると思う。


そして関係あるかわからないけど、私の父親は男の子がほしかったらしくて、
小さい頃に結構「どうして男の子じゃなかったのか」とか
「お母さんのお腹の中に忘れ物してきたんじゃない?」とか言われたりもした。
これはお転婆で大雑把な子だったから、鶏と卵なのかもしれないけどね。


こういうものの積み重ねのせいなのか、たぶん頭のどこかで
「男じゃなくちゃ意味がない」と思ってるんじゃないかなと。
まぁ少なくとも「男性と同じように働けなければ認めてもらえない」って思ってるのは確かかな。

そんな風に考えて生きてきたから、一般的な女性(というのがどういう人かはわかんないけど)よりは
男性的に考えるのが得意だと思っているけども、そんな私でもやっぱり女性的な思考回路をしてる。

なんだかんだ言って男性にはなれないのですよ。
男性が女性になれないのと一緒で。


何をそんな当たり前のことを!って言われるかもしれないけど、
それ以外に自分の価値を認められる方法がないと思ってる人間から言わしてもらえば、
ものすごい屈辱ですよ。

だけど、そんなことを基準に考えていること自体が、やっぱりどこか不自然なんだな。
できないことをやろうとするから、私はいつまでたっても私に満足することはないし、
自信を持つことだってできない。


そんなわけで、なんか別次元の基準を自分で見つけてあげないとな~と考えてます。
男性的な価値観に縛られない、自然なもの。
でもこれって別に男女の問題だけでもないのかもね。(私の場合は、まず性別からだけど)

なんか自分でも言いたいことが全然わからないけど、今はそんな感じ(´∀`*)ウフフ

kaiguri0927 at 01:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)独り言