2011年11月14日

「対等」の意味

男と女の対等って何でしょうね?

今までは、男性みたいに、男性と同じように、男性に負けないように、
ってそんなことを考えて、それを目指してきたけど、
どうもそれじゃうまくいかないみたい。


私は昔からお転婆で、まるで男の子のような見た目の時もあり、
まさに「男勝り」な子だった。
友達も男の子が多くて、女の子ってなんか苦手でね。
いろんなことがすっきりしてる分、男の子の方が話しやすかったし、
女の子として扱われるよりも、男の子的に扱われる方が嬉しかったりもする。


私は女性だけど、世の中は男性を中心にできあがっているわけで、
たとえば働いたりだとか社会的に云々みたいな話は、8割方男性目線で語られる。
もちろん女性の社会もあるでしょう。
アパレルのショップの売り子さんとか受付には女性が多い気がするし。

それでもやっぱり基本的には男性的な判断基準で物事は動いてると思う。


そして関係あるかわからないけど、私の父親は男の子がほしかったらしくて、
小さい頃に結構「どうして男の子じゃなかったのか」とか
「お母さんのお腹の中に忘れ物してきたんじゃない?」とか言われたりもした。
これはお転婆で大雑把な子だったから、鶏と卵なのかもしれないけどね。


こういうものの積み重ねのせいなのか、たぶん頭のどこかで
「男じゃなくちゃ意味がない」と思ってるんじゃないかなと。
まぁ少なくとも「男性と同じように働けなければ認めてもらえない」って思ってるのは確かかな。

そんな風に考えて生きてきたから、一般的な女性(というのがどういう人かはわかんないけど)よりは
男性的に考えるのが得意だと思っているけども、そんな私でもやっぱり女性的な思考回路をしてる。

なんだかんだ言って男性にはなれないのですよ。
男性が女性になれないのと一緒で。


何をそんな当たり前のことを!って言われるかもしれないけど、
それ以外に自分の価値を認められる方法がないと思ってる人間から言わしてもらえば、
ものすごい屈辱ですよ。

だけど、そんなことを基準に考えていること自体が、やっぱりどこか不自然なんだな。
できないことをやろうとするから、私はいつまでたっても私に満足することはないし、
自信を持つことだってできない。


そんなわけで、なんか別次元の基準を自分で見つけてあげないとな~と考えてます。
男性的な価値観に縛られない、自然なもの。
でもこれって別に男女の問題だけでもないのかもね。(私の場合は、まず性別からだけど)

なんか自分でも言いたいことが全然わからないけど、今はそんな感じ(´∀`*)ウフフ

kaiguri0927 at 01:45│Comments(0)TrackBack(0)独り言 

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